「劣等感」と「特別さ」の罠・映画レボリューショナリー・ロード

  ほんの数日までにHULUを利用してみた映画「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」 がそれなりにいい映画だったのでご紹介しますね。  

 

1950年代のアメリカ。フランクとエイプリルは、子供にも恵まれ幸せに暮らしていた。郊外の「レボリューショナリー・ロード」と呼ばれる通りに面した庭付きの一軒家、都会の大企業への電車通勤、週末のリゾートへの小旅行。まさに二人は戦後のアメリカが黄金期を謳歌していた時代の体現者だった。だが、2人はそんな暮らしにどこか閉塞感を抱いており、絵に描いたような「幸福な家族」の崩壊は間近に迫っていた。(WIKIより

幸せを感じられない妻と生きがいを見いだせない夫

      

この映画を見た方の多くは「妻はイカれている」という感想が多かったのですが、私から見ると妻もダンナも同じように感じます。

静な住宅街で素敵な家を買い、子供2人に恵まれ、ダンナは順調に出世をしていく。順調な人生なのに夫婦2人の間にまとわりつく閉塞感と倦怠感。幸せなはずなのに幸せを感じられない妻。退屈な仕事にウンザリして刺激を求めて浮気を繰り返す夫。その閉塞感から逃れたいために「全てを捨ててパリに引っ越せば幸せになれる」と妻は夫に提案をします。何も起こらない平凡な日々や退屈な同僚や隣人にウンザリしている妻と夫。

 

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この映画に出てくる登場人物は多かれ少なかれ「劣等感」を感じている

他の人よりも特別でいたい、だけどどう特別になっていいか分からないと葛藤する主人公。パリさえ行けば特別な何かが用意されているかもしれないと思うようになる。リアルで真実な人生が欲しいけど、それがココ(アメリカ)には無いという妻の説得で夫もそう思うようになっていく。

ここで妻が真実と表現しているのは「生きがい」や「充実感」のことなんだと思うけど。2人にとっての生きがいのある人生が分からない。人生に流されるまま、そして向き合うこともなく、閉塞感から逃れたいために衝動的に「パリ」行きを決めてしまう。 私から見ると2人の間に真実の人生がないのは場所の問題ではなく心の問題に見えてしまう。

夫婦ともにある劣等感と特別になりたいというこわだりに向き合うことさえ出来ればパリまでに行かなくても「何か」を見つけることは出来たのかもしれないのに。それが劣等感から湧き出るものでも何かにチャレンジし続けることでその劣等感を受け入れ消化できていったかもしれない。      

なぜだか分からないけどアメリカでは人生を変えることは出来ないと思いこんでしまっている2人。隣人よりも特別でいたいと、誰かと常に比較し劣等感を強化させていく妻。退屈な仕事を変えずにチャレンジを諦めてしまう夫。それに絶望する妻。

 

もし夫婦が場所は関係なく「自分らしい人生」を生きることにチャレンジしていたなら結果はもっとハッピーだったのかもしれないなと思います。人間っていうのは退屈だと不幸なドラマを創ってしまうんだな~と実感した映画でもありました。 誰もが持っている劣等感、閉塞感に共感しつつ、年末に見て良かったな~~と思う映画でした2016年は人生に退屈しないように今よりも色んなことにチャレンジしたいと思います。    

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映画「ゴーストワールド」:嫌いな人を愛することは出来る

友人:「あの人のことが嫌いなんだよね」
    「どうしても好きになれないの」

私:「いいんじゃない」
  「しょうがないんじゃない」
  「嫌いでも愛することはできるよ」

友人: 「どういう意味?」

私:「彼女に不幸になってほしい?幸せでいて欲しい?」

友人:「不幸になって欲しいとは思わないけど」

私:「じゃあいいんじゃない。嫌いだけど幸せでいて欲しいと思えばいいんじゃない」

私も昔は嫌いな人は愛せないと思い込んでいました。

この映画をみるまでは!

ゴーストワールド WIKI

人を嫌ってばかりで苦しいと思っている方はぜひ見てください!

主人公の毒舌ぶりが最高に面白い。
あらゆる人に毒舌を吐いている主人公が愛おしい。

それは毒舌にそんなに怒りの感情が無いからなんですよね。
皮肉屋はある種の才能なんです。

作品の皮肉っぷりは時に愛情すら感じてしまう映画です。
ジョンマルコビッチがプロデューサーで、
スカーレットヨハンソンも出演している映画なのに、
なぜか全く売れませんでした。
ピンポイントに皮肉すぎるからかな。

ギークじゃあなきゃ、
この映画の良さはわからないかもしれません。

この映画を見てからは、

人を嫌っても愛することは出来るとわかっているので、
人を嫌うことをあまり悪いことだとは思えません。

私は未だに父親のことが苦手で、
どちらかと言えば嫌いなタイプ。

それでも、
毎日、毎日、父親の幸せは願っているです。
幸せでいて欲しい、
健康でいて欲しい
そう願っています。

だから父を嫌っても、
父を愛することはできるということに気づきました。

嫌いになってもいいです。
そこに愛があれば。

でも憎しみという感情は、
その人が不幸になることを願います。

私はそういう感情も経験してきて思うのですが、

誰かに、
不幸になってほしい
そう心の底で思っているときって、
自分の心の中は地獄にいる時です。

じゃあどうりゃいいの?
と昔の私は今の私に聞くでしょう。

そういうときは、
自分の心は地獄にいると気づいて、
自分自身の幸せに焦点をあてる。
とにかく自分の幸せにフォーカスすること。

ありのままでいることにフォーカスするのです。
映画の主人公のように、
皮肉屋でいてもいいと許可を出し続けるのです。

幸せじゃないときって
心が平穏じゃないことが多いので、
周りにも平穏に対応できないことが多かったりします。

そんな時期に
さらに「人を嫌ってはいけない」と自分を責めると
余計に苦しい。
心の中はもっと地獄を感じます。

だから人を嫌ってもいいと許可をだすこと。

私も、
平気で「人間が嫌い」と宣言できるようになって楽になりました。

嫌いと宣言することを許可したら、
嫌いな人が少なくなった。

それでも凄~い
皮肉屋なんです。
そんな皮肉屋な自分を許しています。

今は、
嫌いでもないけど、
好きでもない人たちのことは、
幸せでいて欲しいと願っています。

それと同時に
自分の皮肉屋の才能を大切にしょうと思っています。

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The Golden Era 黄金時代. 不器用に生きながらも自分を貫いた女の話し

最近見た映画の中で印象深く心に響いたた映画の1つに
The Golden Era [ 黃金時代 ].  中国映画 ・ があります。

なんの予備知識もなくJALの飛行機の中で見てしまい
周りに人がいるのに涙を流してしまった映画です。
関係ないけどJALの映画のチョイスはかなりセンスがいいと思います。

中国の東北地方にうまれたシャオの人生を中国の歴史と共に描いている作品。

1911年生まれのシャオは10代で不倫をして男と駆け落ちをしてしまう。
男は駆け落ちした先の宿で、妊娠したシャオを置いて逃げてしまう。

宿代が無くなり、行き場のないシャオは文章を書いて新聞社におくる。
そこで働いていた新聞記者と出会い恋に落ちる。
身ごもった子供を近所の人にあげてしまい新しい男との生活をはじめる。

その後、彼女は「生死の場」という地方に生きる女たちの苦しみを描いた小説を
書いたそうだ。

たぶんこの映画をみた人のほとんどはシャオに共感ができないかもしれない。

監督がなぜ彼女を描きたかったのかも分からないかもしれない。

シャオはぶっ壊れた女にしか見えないかもしれない。

シャオは並外れた文才をもち、才能豊かな作家だったのに
1人では人生を全くサバイバルできない。

男に依存していたわけでもないけど、
1人で生きていけるような女というタイプでもない。

私は

それでも彼女は全力で自分を貫いたと感じる






日中戦争が最も激しい時代で、
多くの作家が抗日作品を書くなか、
シャオは人間の内面を描いた小説だけを書いてたらしい。

映画の中でのシャオの台詞が美しく、
またそんな言葉を30代前半の女性が語ることが、
とても切なくて哀しくなりながらも、
シャオのことをもっと知りたくて、
小説を探してみたけど、
シャオの作品は日本で翻訳されておらず、
なんとか某大学のPDFでシャオの小説が読めた。

シャオは物にも土地にもお金にも執着せず、
お金を持っていれば気前よく使ってしまう。

ただ目の前にいる男を愛し、男に守られ、
間が感じるあらゆる感情を小説で表現することだけを
求めていた。

抗日作品や政治的な記事ばかりが注目されるなか、
シャオは人間の内面を表現することを貫きとおした。

シャオは外の戦争よりも内面の戦争を伝えたかったのかもしれない。

あの時代に女が自由に生きるには「ぶっ壊れる」ことしか出来なかったのかもしれない。

ぶっ壊れたシャオの映画を見た後に、
ふと想いだしたドキュメンタリー作品がある。

NHKで無名のフジコ・ヘミングウェイのドキュメンタリーを見た時の感覚、
そう、あの感覚にとても近いものがあった。
その作品は今でも私のお気に入りのDVDだ。

私はぶっ壊れててもリアルに生きる女の方が好きなのかもしれない。

■残念なことにこの作品は日本字幕つきのDVDが販売されてないようです。

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「紙の月」虚無から逃げだしたかったオンナ達のお話し

飯田橋のギンレイホールはお気に入りの映画館の一つ。 

「紙の月」をNHKのドラマ版ではじめて見た時は子宮筋腫の手術のときでした。 ドラマの内容を見て内容がとても良かったので、小説を読み、 そして宮沢りえさん主演の映画を見ました。

 で、昨日ふと家の近所を散歩していたらギンレイホールで 再上映しているじゃないですか。 「紙の月」はすべての女性に見て欲しい映画です。 

なぜなら誰もが梨花になりえるから。 

名のある大学を卒業して、商社のエリート駐在と結婚をし、 おこづかい稼ぎのために地方銀行に勤める梨花が、 1人の若者と出会って横領をしはじめる話し。 

1人の若者と青春を取り戻すかのようにタガが外れた行動をとっていく梨花。
着たことのない華やかな服を買い、食べなれていないフランス料理を食べ、 ワインを飲み、5つ星ホテルのベットの上でピザを食べセックスをする。

 今まで社会のルールに沿ってさえ生きていれば、 「幸せ」になれると信じていただろう梨花が結婚生活に感じていたのは、 「虚無感」だったのではないだろうか?
 でも梨花の周りには「自由」に生きる、
または「自分らしい幸せ」 を体現してくれるロウモデルがいなかったのかも。
梨花は自分自身が「虚無感」を感じていることさえ言葉に表せなかったのかもしれない。

 この映画には「虚無感」を感じているであろうという人たちが、 たくさん出てきます。

何か満たされない。感じている感情が「虚無感」であることさえ気づいていない人たち。

その「虚無感」から逃げ出したいために、 リアルな人生(=自分らしい人生)を求めて横領してしまう梨花、買い物依存の女友達、娘も買い物依存症。 やみくもに投資をしてしまう老人たち。(映画には出てきませんが、ドラマの方には問題のある女友達も描かれています)

 梨花たちが感じている「虚無」の正体がわかれば、
 人生と向き合うことに少しづつチャレンジできたかもしれない。 

形式ばった人生だけが幸せの形では無いことに
気づけたかもしれない。

梨花はわたしたちの中にいるもう1人のわたし。 

「紙の月」のポスターをギンレイホールで見たときに、
亡くなった母を想いだしました。 母の「母らしい幸せ」とは何だったのだろうか?と… 

もう一度時間があったらギンレイホールで見てみたいと思います。 あわせてドラマも見てください。映画とドラマをあわせて見るのもおすすめです。

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